津軽一代様信仰~橋雲寺【青森旅】
- 2017/08/19
- 21:00
「津軽一代様信仰」
藩政時代から続く、
青森県津軽地方独特の風習、信仰。
家の信仰とは別に、
自分の生まれた年の干支を守り神として、
信仰するもの。
ちなみに、干支で、参拝する所は違いますが、
ご参考までに、以下に、書き出しておきます。
「干支」「守り本尊」「津軽一代様」「神社・寺」
…の順番で、お書きします。
「子」
千手観音菩薩・目屋の清水観音・多賀神社(弘前市)
「丑寅」
虚空蔵菩薩・百沢の虚空蔵様・求聞寺(弘前市)
「卯」
文殊菩薩、津軽一代様は2つあって、
1つは、最勝院の文殊様・金剛山最勝院(弘前市)
もう1つは、茂森の天満宮・天満宮(弘前市)
「辰巳」
普賢菩薩・愛宕様勝軍地蔵・橋雲寺(弘前市)
「午」
勢至菩薩・袋の観音堂・白山姫神社(黒石市)
「未申」
大日如来・大鰐の大日様・大円寺(大鰐町)
「酉」
不動明王・古懸の御不動様・国上寺(平川市)
「戌亥」
八幡大菩薩・弘前の八幡様・弘前八幡宮(弘前市)
…というわけで、一昨日の青森旅。
「猿賀神社&ハスの花」の次に向かいましたのは、
津軽一代様の1つ、「橋雲寺(きょううんじ)」です。
「辰巳」生まれの方の守り本尊ですね☆
現在は弘前市ですが、
岩木山のふもと、旧岩木町にあります。
場所がちょっとわかりづらいのですが、
なんとか、とうちゃこ。

「橋雲寺」…お寺さんなのに、
赤い鳥居とは、これいかに?
青森では、わりに多くあります。
「神仏混淆(しんぶつこんこう)」
神社と寺が、今のように、
ハッキリ区別されていなかった頃の名残りですね。
青森では、神社、お寺さんに加えて、
土着の信仰が混ざっていたりします。
車で鳥居をくぐり坂道を上がって行きます。
丁字路を左に進みますと、
駐車できる場所があり、
ここに車を停めました。

2つ、並んで建物があって、
最初は、左側の「橋雲寺」に参拝。

次に、右側の建物に移動して、
はたと思いました。
ここは、拍手でしょうか?

よくよく観察してみますと、
「愛宕神社」とありましたので、
二礼二拍手一礼で、拝礼。
例によって、拍手を高らかに打ち鳴らしました♪
ふと傍らを見ますと、おみくじの箱が…
この日は、ここに来る前に、
猿賀神社で1回、おみくじを引いているのですが、
もう1度、ひいてみましたよぉ。
あちゃぁ…

おみくじの表には、「御佛籤」とありました。
ここは、お寺だったか…
拍手ではなかったのか…
ちなみに、おみくじは、猿賀神社と同じ、
「小吉」でした。

さぁ、上るぞ!!

今回は、事前に下調べをしておりまして、
この橋雲寺には、山頂に「奥の院」があるようなのです。
で、山の頂上までは、長い石段があり、
相当堪える…ということでした。

ペースを上げないように注意して、
上って行きました。
ん?
奥の院?

あっさり、とうちゃこです。
日頃のウォーキングの成果でしょうか。
そんなでもなかったです。
「奥の院」

案内板によりますと、
奥の院は、慶長14年(1609)、この地に建立され、
度重なる修復はあるものの、
建立当時の形を残しているのだそうです。
このお堂の中に、
本尊の勝軍地蔵が安置されています。
拍手なしで、参拝。
奥の院には、ちょっと怖い感じの戦の絵が、
奉納されておりました。

絵の下の方には、
「中郡鬼楢同志會」とありました。
詳しくは、わかりませんが、
「中郡」とは「中津軽郡」
「鬼楢」とは、「鬼沢」「楢木」地区の総称…
だと思います。
ちなみに、「鬼沢」とは、
先日訪ねました「鬼神社」のある所ですね。
すいませぬ。
正確には、「鬼神社」の「鬼」の字には、
上のツノがないのですが、
通常の字で表記しました。
さて、下りますよぉ…

下りは、一気に駈け下りましたぁ~!!
なぜならば、スズメバチ?クマンバチ?…に、
追われたので。
こわかった。
このお寺さんは、
津軽藩祖為信公ゆかりのお寺さんですが、
津軽藩発祥の地とされる「種里城」を訪ねた時も、
スズメバチに追いかけられたことがあります。
たまたまなのかもしれませんが、
ちょっと気になりました☆
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